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OSSAN IS ALIVE vol.2 出演者インタビューその3「疲れた男」

替え歌やモノマネ、さらには実写まで取り入れ、エンターテイメント感とサービス精神あふれる「歌ってみた」動画を投稿する「疲れた男」。動画のネタだけでなく、数々のステージで見せるステージさばき、フットワークの軽さや食に対する偏愛など、その人柄間で含めて、見事なまでに「いいオッサン」。

OSSAN IS ALIVE vol.2 出演者インタビュー「BAR おっさんの巣」
第3回目は「鷲掴みキャトルミューティレーションズ」のボーカル「疲れた男」さん。
これまでの軌跡と「OSSAN IS ALIVE」に対する意気込みを伺いました。


☆疲れた男
北海道出身・1977年 生まれ


○もっとも古い音楽の記憶

はっきりとこの曲を聴いて、というのはないんですが、覚えている歌の中で一番古いものは「ドラえもんの絵描き歌」ですね。

多分僕が口ずさんでいて、それで親がレコードを買ってきたんだと思うんですけど。
物心ついた時にはすでにLPが家にあって、それを繰り返し聴いていました。
その曲を聴きたいがためにレコードの操作方法を覚えて、演歌ですとか、家にあるレコードを聴きまくっていましたね。わざと回転速度を落として変な声にしたりして遊んでいました。

で、その後アニソンの入ったテープを買ってもらったんです。
「クリーミーマミ」とか「ヤットデタマン」とか「キン肉マン」とか入ってるやつ。
今はどうか知らないんですが、当時のその手のアニソンのテープって、テレビのバージョンとは別の人が歌っていることが多かったんですよ。で、「なんか声違うよなあ・・・」と思いながらも、そのテープ大のお気に入りでしたね。
最終的にはテープの磁性体が全部とれてしまうほど、文字通り「擦り切れるまで」そのテープを聴いていました。

小5の時に「やっぱりテレビで流れている声でアニソンを聴きたい」と思って、家にあったレコーダーをテレビのスピーカーに近づけて、アニメの主題歌を録音しました。月曜日から日曜日まで、当時自分が見ていたアニメの主題歌は全部録音しましたね。ラベルに全曲タイトルを書いたりと、かなりの力作のテープでした。
しかも僕は、それを夏休みの自由研究の課題として提出したんですよ(笑)。
手の込んだ工作とか並んでいる中、僕だけアニソン満載のカセットテープということで、異彩を放っていましたね。

ちなみにそのテープは、放送部の目にかかって昼休みの校内放送でよく流れていました。
ただ、その放送部の連中が、何を間違ったのか「光GENJI」の曲を上書きされてしまって(笑)。結局幻のテープになってしまいましたね。

他にも、「アルフィー」とか「甲斐バンド」とか「チャゲ&飛鳥」などの邦楽も、母親の影響でよく聴いていました。
よく聴いていましたし、よく歌っている子でしたね。
母親が歌が大好きなもので、自然と自分も歌うことが大好きになったという感じです。


○マンガ・アニメ大好き

実家が飲食店を経営していた関係で、自宅にはいつもジャンプの最新号がある環境でした。ですから、物心ついた時にはすっかりジャンプっ子でしたね。

初めて買ったのは「魔動王グランゾート」の主題歌のCD。はまりだしたのはその前の「魔神英雄伝ワタル」をみて、アニメにハマりだしました。本屋さんに行ったら「魔神英雄伝ワタル」の登場人物である「ヒミコ」が表紙の「アニメディア」を発見して、それから高卒までずっとアニメディアを買い続けましたね。確か、最初に買ったのは小4の4月号だったと思います。

お小遣いもそれほど多くはなかったですから、お年玉から少しずつ切り崩してプラモとかOVAとか買っていました。
とにかく自分の自由になるお金はすべてアニメに費やす、という感じで(笑)。

小学校の時はそれでも、周りもみんなアニメ好きで、クラスでもそんな話題ばかりでしたから、割とオープンなアニメ好きという感じだったんですけどね。ただ、中学入ったあたりから「ここまでのめり込んでいる人、周りにいないぞ・・・」ということになんとなく気がつき始めて。
なので、表立っては邦楽のほうにシフトしていきましたね。「尾崎豊」とか「CHAGE&ASKA」とか。
ただ、その裏ではずっとアニメ好きという感じだったんですけどね(笑)。

○カラオケボックスに通った中学生時代

カラオケに通い始めたのが中2の時でした。
8トラのカラオケセットはあったんですけど、CDカラオケというのが出始めた頃で。

当時のカラオケボックスというと、駐車場みたいな所にプレハブ小屋が何棟かあるっていうタイプのものが多かったですよね。
で、学校の近くにカラオケボックスができたのが中2の時。カラオケボックスができ始めのころで、町に1個しかないっていうぐらいの時期でしたから、そういう風に近くに歌えるところがあるというのはラッキーでした。

当時は「1部屋1時間いくら」っていう感じでしたから、友達7・8人で連れ立っていくとひとり100円とかで歌えるわけです。だから週5回は友達とカラオケに行っていました。カラオケでしか会わない友達とかもいましたね。
ちなみにカラオケではじめて歌った曲は「聖闘士星矢」のオープニング「ソルジャードリーム」でした。

○初ステージから現在まで

もともと人前に出ることは好きなほうで、一時期はエキストラの事務所に入っていたこともありました。
初めてステージに立ったのは高2の時の学園祭ですね。
アコギができる友人と一緒にステージに立って「アリス」の「チャンピオン」を歌いました。学園祭のそういったステージって、いろいろな賞があるんですけど大体3年生がもらっていたんです。でもその時は、2年生ながら「生徒会長賞」をもらって。それで、「あいつら何だ!」みたいになりましたね(笑)。

その後も、内輪のイベントでステージに出る機会もあったので、こと「人前に出る」ということに関して、いまでもそれほど抵抗はありません。

ニコニコ動画にアップロードをし始めたのは、もともとは「組曲」がきっかけですね。
それがカラオケに入っていなかったものですから、「よし、じゃあ歌ってアップロードしよう」ということで動画を作りました。
この姿勢は今でも変わってません。
あくまでカラオケの延長という感じで、家でひとりで歌っても聴いてくれる人がいない、だから投稿する、という。
それに、なにより歌っている人たちが「楽しそうだった」というのが、自分も動画を投稿しようと思った一番のきっかけでした。

ですから「NicoNico SummerLive(笑)2008」に参加させてもらったのは、我ながら「何で?」という感じでした。
ちょうど「人前にでるのももういいかなあ」と思い始めていた時期のことだったんですが、それ以降色々なイベントに参加させてもらう機会が増えて。関わった多くの人にとってそうですが、自分としてもひとつの大きな転換点になったと思います。

○OSSAN IS ALIVE に向けて

もともとただのカラオケ好きですから、「上手く歌おう」という風にはおもってなくて、ただその場その場で「楽しんでもらおう」「面白くしよう」ということが、自分にとっては一番大事なことです。

ですが、こと「OSSAN IS ALIVE」に関して言えば、「誰よりも俺が楽しい!」ということを前面に出して行きたいですね。
僕らが本当に心から楽しんでいる姿を見てほしいと。その姿を見て楽しんでもらえれば、それが本望かなと思います。
「俺が絶頂に達するように、みんな手伝ってね!」ということで、当日はよろしくお願いします(笑)!
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